小林英夫『日本軍政下のアジア』―「大東亜共栄圏」と軍票― 序章
- 作者: 小林英夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1993/11/22
- メディア: 新書
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今回は、序章についてみていきましょう。
本書の課題は、次のように述べられています。
アジア太平洋戦争とは、アジアの民衆にとって一体何であったのか。すなわち、日本が占領地域において展開した軍事支配政策とはどのようなものであり、その実態はどうであったのか。本書でわたしは、その観点からアジア太平洋戦争の過程を検討し、戦後責任につながる問題点を考えたいと思う。
(17頁)
占領地域で何が行われたのでしょうか。
戦争遂行に必要な物資が占領地域から収奪されたことは、そのひとつです。
その物資収奪の「カラクリの中心」に位置したのが軍票でした(5頁)。
軍票については、次のように定義されています。
戦時に際し、戦地または占領地で使用される特殊な紙幣。現地通貨で標示される場合と、本国通貨で表示される場合とがあった。占領地での食糧・軍需品など物資調達のためにつかわれることが多い。占領地において本国通貨を使用すると、軍費増大にともなって本国通貨全体が増発されることになって、本国においてインフレーションをひきおこす危険があるため、軍票には本国経済と占領地経済を切り離す効果が期待された。世界的には、第一次世界大戦でドイツが大々的に使用し、第二次世界大戦では交戦国のほとんどが使用した。戦後、アメリカは日本占領において軍票(B円)を準備したが、本土では使用されず、沖縄のみしばらくB円が通用させられた。
(2頁)
また次のように述べられています。
軍票は物資調達のための通貨の機能をはたす。物資そのものの量はさしてかわらないのに、軍票というあらたな通貨がくわわって貨幣量だけがふえるのだから、必然的にインフレをもたらす。日本は占領地域において、価値維持のてだてが不十分なまま軍票を主要通貨として強制流通させただけでなく、戦局が悪化するとそのてだてすら放棄して、紙切れ同然の軍票を濫発した。その結果、中国本土、東南アジア諸国の経済をインフレのるつぼに陥れたのである。
(4-5頁)
こうしてみてくると、軍票は、本国のインフレを回避して、
占領地にインフレをおしつけるものであったといえます。
著者は1992年から四度香港を訪れ、
軍票の補償を日本政府に求めている香港索償協会の協力のもと、
数十名に聞き取り調査を行ったことが紹介されています。
聞き取りによると、
軍票の使用が強制され、憲兵が香港ドルを隠し持っていないか
捜索を行っていたことがわかります。
また上海でも聞き取り調査が行われました。
傀儡である汪兆銘政府下の通貨、儲備券のインフレについて、
復旦大学のある教授は次のように述べています。
国際飯店で二、三人で食事をするのに、二〇センチほどの札束を二つ三つもっていく必要があった。お金を数えていては食事をする暇がないので、銀行の帯を信用してもらって支払った。敗戦まぎわになると儲備券はまったく信用されず、使用が禁止されているはずの法幣〔中国国民政府発行の紙幣〕がブラック・マーケットで流通していて、大きな取引には金の延棒が必要だった。四五年五月には、家を借りるにも金の延棒が必要になっていた。
(14頁)
ほかにも儲備券を秤ではかり重さで取引していたという証言(14頁)があり、
紙幣経済が破綻していたことがわかります。