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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

小林英夫『日本軍政下のアジア』―「大東亜共栄圏」と軍票― 第四章

第四章は、「戦後処理をめぐって」です。


1945年9月16日、日本政府は、軍票の流通効力を否定します。


本章第2節では、各地の軍票処理過程がまとめられています。


【華中】
45年9月、法幣1対儲備券200の交換比率を発表。
翌46年3月末までに儲備券回収が実施された。


【仏印】
45年3月9日以降発行の500ピアストル券は無効。
3月8日までに発行されたピアストル券は7割に減価、年利1%で凍結。
「特別円問題」はその後にもちこされた。


【タイ】
45年9月タイは日本と締結した諸条約の破棄を通告。日本は特別円の受払いを停止した。
しかし「特別円問題」はその後までもちこされた。


【香港】
45年8月末イギリス軍上陸、9月はじめに軍票流通禁止。
軍票発行高約19億円のうち、7億円が焼却されたと推定され、
のこり12億円は未回収となって市中に残った。


海南島
45年8月当時の軍票流通高は約2億円。
9月末に国民党軍が上陸、当分のあいだ軍票流通が認められた。


【マラヤ】
9月初頭イギリス軍上陸、即日モラトリアム実施、翌日には南発券の無価値宣言を行い、焼却。
しかし民衆の不満が強く、海峡ドルとの交換請求が起き、イギリス軍当局は一人当たり20ドルの支給を行った。


【フィリピン】
45年2月マッカーサーのマニラ入城以来、日本軍は山中に放浪、金融機関は混乱。
南発券は焼却されるも完全ではなく、市中に多額の南発券が流通したと推定される。


【インドネシア】
スマトラ地域では、45年12月現在で約300万ギルダーが当座資金として連合軍に引き渡された。
その後正金銀行手持ちの901万ギルダーが連合軍に接収され、451万ギルダーが焼却された。
ジャワでは、5億ギルダーの南発券が当座資金として連合軍に引き渡された。
46年3月には南発券の流通禁止、南発券1ギルダーを新通貨3セントと交換することとなった。
しかしインドネシア政府が南発券を承認したため、南発券の価値が高まる事態となった。


【北ボルネオ】
イギリス軍上陸後、45年5月頃より支店や営業所を閉鎖、敗戦と同時に南発券は焼却処分とされた。