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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

早川和男『権力に迎合する学者たち』三五館 2007

著者は、神戸大学名誉教授。建築学者。「すまい学」の第一人者。

本書の目次は、つぎのとおり。

はじめに
序章 格差社会論・護憲平和論の盲点
第1章 権力に迎合する学者たち
第2章 知識人の震災責任を問う
第3章 学問が「カネ」に支配される時
第4章 なぜ学者は迎合するのか?
第5章 研究の方法についてのノート
第6章 学問復権への道―対談・西山夘三×早川和男
おわりに


本書は、研究の方法論について述べている部分と
権力に迎合する学者たちのあり様を述べている部分からなっているが、
ぼくがこの本を手に取ったのは、主に前者に惹かれたからであった。

「はじめに」にある、著者の師である西山夘三の言葉に、初っ端からツカまれる。

一、研究テーマは本質的であるか。
一、時代の課題に応えているか。
一、研究は主体的か。
一、研究の方法は科学的・論理的であるか。
一、時代をリードする先頭に立っているか。
一、研究体制(態勢)は十分か。

研究方法については、第5章でも述べられているが、
けっして自身の専門分野の話ではなく、
どんな分野でも通ずるもので、非常に刺激を受けた。

著者が多く引用しているのは、武谷三男編『自然科学概論』第3巻「科学技術のストラテジー」である。
これも合わせて読みたい。


後者の権力に迎合する学者のあり様については、
著者が神戸大学に赴任して以来の事例から、具体的に述べられている。

多額の研究資金が絡む研究分野の場合は、特に迎合の傾向が強いのであろう。
また行政の審議会委員など、権力欲や自己顕示欲も迎合に作用する。

著者は問題の一因を集団主義として、日本人論に結びつけているが、その点には疑問が残る。
日本人だから○○であると単純に括ってしまっていいのだろうか。本当にそんなものが存在するのだろうか。


研究室内の問題点については、あまり具体例を伴って言及されていない。
虚学と実学では全然ちがうのだろう。

虚学では、指導教官の下請的な研究というのは基本的にあり得ない、成立しないであろう。
自分の周囲は幸いなことに自主性が重んじられる環境にあり、
本書で批判されるような、主体性を欠く学生は全く想像できなかった。