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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

朝鮮総督府『我国は朝鮮で何を為したか』昭7

書庫

明治四十三年日韓併合行はれ、我国が朝鮮統治の局に当つてから、星霜茲に二十余年、此の間我国は朝鮮に於いて何を為したか。即ち我国は、朝鮮統治上如何なる施設計画を遂行し、半島の産業文化を如何に発展向上せしめ得たか。又朝鮮の民衆をして如何なる恵沢に浴せしめ得たか。
言ふまでもなく、朝鮮が各般の方面に於いて、異常なる発達を遂げたことは中外の斉しく認むるところであるが、然し、今日の進歩が併合前の実況に比して、真実如何なる程度のものなるか、又各方面に於ける政府の施設はどんなものであるかになると、其の真相を解する者は多くないから、茲に過去に於ける統治の実績を回顧し、以て将来の展望に資せんとするのである。
(1-2頁)

歴代の当局者が日韓併合の宏謨に遵ひ、一視同仁の 聖旨を奉体して、努力された二十余年の施政の結果、朝鮮の過去の状態を一変し、著しく新政の治績を挙げたことは、瞭然たる事実であつて、決して当局者の自讃ではない。今其の実況概略を述べて見よう。
(3頁)


そうして、「治安の維持」、「人文の発展」、「産業及経済の開発」、「交通通信機関の整備」、「衛生保健の徹底」、「地方制度の確立」、「社会の改善」についての「治績」が挙げられていく。


現在朝鮮人の中には朝鮮の現状に対して不満を抱く者もあるやに聞くが、然しながら羅馬は一日にして成らずといふ西諺の通、何事も根気よく絶えざる努力を続けて、追々と之を改善して行くより外はない。
(35頁)

人或は朝鮮今日の繁栄は表面のみであつて、大衆は依然として貧乏であると云ふが、然し私の見るところでは、それは一局部の観察であつて、朝鮮全部を通観した大勢ではない。朝鮮の如く豊富な天然資源を要しながら、其の開発の遅れて居るところでは、民衆自身の奮闘努力に依つて、其の地位を改善する余地は、甚だ多いと謂はねばならない。
(36頁)

昭和七年二月に行はれた総選挙に際しては、東京市大阪市に於いて各一名の朝鮮人が立候補したが、東京での朴春琴氏は大多数の得票を以て美事に当選し、朝鮮人からも最初の代議士を立法府に送ることゝなつたのである。朝鮮に在りては内地人も朝鮮人も参政権を与へられて居らぬが、内地に行けば、朝鮮人も選挙権が与へられると云ふことは、何かしら、朝鮮の前途に明るい感じを与へるのである。又今までの朝鮮人官吏は、朝鮮人なるが故に特別に簡易な資格で、任用せられた者のみであつた。然るに最近高等文官試験に応ずる朝鮮人が多くなり、現に数名の合格者も出し、又其の資格で任用された高等文官も数名ある。従つて将来は本格的の高等文官が漸次輩出するのであらうと思ふと、是れ亦朝鮮の前途に光明を感じて来るのである。
(37頁)

統治を正当化する言説のパターンが、この時点でできているのが興味深い。
「今はまだまだだけど、将来には…」というパターンも。