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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

「支那軍隊」の変化


■雨宮巽「新支那の実相に就いて」(『支那』昭12.5抜刷)

著者は、「前南京駐在武官陸軍省新聞班」の歩兵中佐で、
昭和7年に南京に赴任し、2年余勤務した。
昭和2〜5年には、「揚子江筋」に赴任。

当時(引用者注―満州事変前)の情況に付て一言御参考に申しますと、所謂「招兵」と申して居りますが、斯う云ふ三角の旗を立てて盛り場を練り歩き、苦力の沢山集つて居る所へ行くと云ふと、取り掴まへて否応なしに兵として収容して了ふ。其の集つた苦力の中で、五円なり十円の身代金を持つて受取りに来る者があれば渡すけれども、然らざれば汽車に乗つけて、ずつと遠く距たつた所に輸送し、其処に於ては無理も不平も言はせず、何等の設備もない出鱈目な十日間位の訓練をしたものが即ち兵隊であります。斯くして北伐軍隊が出来上るのであります。
(2頁)

最近の支那軍隊は以前と違ひまして、兵の素質も良くなつて居り、又幹部の如きも軍隊的に非常に能く教育された者が充実されて居ります。兵器にしても一個中隊バラ\/のものでなく、大砲の如きも皆能く揃つて居ります。即ち大体に於きまして、北伐当時の如き乱雑な軍隊は、今日既に影を没して居ると言い得るのであります。
(3頁)

先づ兵の素質に付て申上げたいと思ひます。従来支那に於ては善い人は兵隊にはならない、苦力の如き者が兵隊に入る、食ひ詰めた者共が兵隊になれば兎に角飯は食へる。給料は少いけれども、掠奪でもすれば宜いと云ふやうな気持が充ち満ちて居り、本当にやくざ者の集まりに過ぎなかつたのであります。然るに最近に於きましては一般国民の国防意識、国家観念と言つたものが非常に植付けられて参りまして、兵を馬鹿にし、軍隊を軽蔑する気持が逐次薄らいで来て居るのであります。更に突き込んで申上げますと、満洲事変に依つて覚醒された政府及び民衆は、是ではいけない、徒に他所の国を馬鹿にして居つたのでは、其処に油断が生ずる、油断が生ずると、再びあゝ云ふ目に遭ふと言ふので、人を馬鹿にすると云ふ気持を警戒する心持に直さなければならぬと云ふやうに考を変へて参つたのであります。爾来政府の採つて来た民衆に対する教育、即ち排外乃至排日と言つたもの即ち他国の人を排斥すると云ふ教育を変更し、寧ろ相手に抵抗すると云う方針―即ち内に於て国力を養ひ、若しうつかりやつて来る者があるならば、之を打ち破つてやれと云ふ抵抗意識が極めて濃厚になつて来たのであります。
(4頁)

然るに昭和十年の春頃に起りました例の北支問題即ち梅津・何應欽協定の成立に伴ひ、中央軍は河北省から撤退することになりましたので、其の頃から一般民衆も支那軍部の弱腰に対して不平を洩らすやうになつて参り、又政府にしても同様の態度を取つたのであります。即ち何と言つて居るかと申しますと、苟くも中央軍と名付くべきものが、口先だけで直ぐに河北省から撤退するといふなら、軍隊は一体何の為めにあるのか、軍部は国防に関する確乎たる計画を有して居るか、日本に対して如何なる戦備を整へて居るかといふ様な反問の声が政府部内のみならず、一般民衆の間に於ても非常に昂つて来たのであります。そこで軍部も、日本に対する作戦準備は出来て居る、心配することは要らぬ、という啖呵を切つて了つた。それは丁度十年の七八月頃の候であります。
(4-5頁)

斯くの如く民心が抗日へ\/と進み、日本に対する敵愾心が旺盛になつて来たのを観て取りました当局は、一昨年辺りから盛んに軍事教練を始めたのであります。此の軍事教練は日本でやつて居るやうに、中央軍の将校を学校に配属させ、学生に対して教練を行つて居るのであります。私共が是等の学校教練を見て居りますと、中学校、小学校の生徒は丁度軍隊の服装と同じであり、茶褐色の軍服と軍帽の様なものを身に着けて居ります。学生の軍事教練に引続き青少年などの一般民衆にも軍事教練が始められて居り、十五六歳から二十五六歳位の者を集め、一回二時間位一定の期間を定め、大体二ケ月か三ケ月を以て一期として教育して居るのであります。
(7頁)

幹部並に兵卒の組織して居る軍隊は、現在に於て二百五十万と称せられて居りますが、其の内今言つた素質の良いものも、四十個師団以上に達すると言はれて居ります。
(10頁)

併し軍隊の中に於きましても、今言つたやうな優秀なもの許りかと申しますと、未だ従来から残つてゐる各省の軍隊、所謂雑軍があります。是は兵の素質も亦幹部の素質も良くないのであります。従つて中央の方で、何とかして整理しようと云ふので、非常に努力して居ります。此の努力が酬いられて、現在は毎年素質の悪い軍隊が逐次減少して居る状態であります。
(10-11頁)

雨宮は、昭和12年4月、日本外交協会例会においても
同様の趣旨の講演をしている。
(「日支関係を赤裸にする」 アジア歴史資料センター ref:B02030914400)