日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

黄燐焼夷弾について


最近、米軍による日本空襲について調べ始めたところだが、
米軍史料解読の参考のために、奥住喜重『B-29 64都市を焼く』(揺籃社、2006)を入手した。


同著によると、米軍が市街地に投下した弾種は、

  • I.B.類(Incendiary Bomb 焼夷弾)
  • I.C.類(Incendiary Cluster 集束焼夷弾)
  • G.P.類(General Purpose 一般目的弾)
  • Frag類(Fragment 破片爆弾)

に大別される。


I.B.類には、以下のようなものがあった。[]内の重量は、公称重量とは別の、完成品の平均重量。

  • M-47A2 100ポンドI.B. [70ポンド 31.8kg]
  • M-47A2(W.P.) 100ポンド(黄燐)I.B. [125ポンド 56.8kg]
  • M-47A3 100ポンドI.B. [70ポンド 31.8kg]
  • M-76 500ポンドI.B. [480ポンド 217.9kg]


M-47A2について、著者は次のように解説している。

 M-47A2 100ポンドI.B. はナパーム焼夷弾で、搭載にはT19集束器というもので6発ずつを束ねて懸架した。その終端速度は275m/秒で貫徹力は大きく、爆風効果もあった。
 M-47A2(W.P.)のW.P.はWhite Phosphorus 白燐(黄燐)の略で、重量はずっと重く、特に人員殺傷用、消火活動妨害用として用いた。
(37頁)


また、I.C.類には、以下のようなものがあった。

  • M-17A1 500ポンドI.C. [465ポンド 211.1kg]
  • E-28 500ポンドI.C. [350ポンド 158.9kg]
  • E-36 500ポンドI.C. [360ポンド 163.4kg]
  • E-46 500ポンドI.C. [425ポンド 193.0kg]
  • E-48 500ポンドI.C. [515ポンド 233.8kg]


M-17A1I.C.の1発には、4ポンド(1.8kg)の小型テルミット・マグネシウム焼夷弾M-50A2が110本集束してあった。

E-28、E-36、E-46は、いずれも6ポンド(2.7kg)の小型ナパーム焼夷弾M-69を38発ずつ集束してあった。

E-48は、8.7ポンド(3.9kg)のナパーム黄燐焼夷弾M-74W.P.を、38発ずつ集束していた。


B-29による焼夷空襲の投下弾量をみると、
全体の98.4%を焼夷弾類が占めている。

焼夷弾類の内訳は、I.B.類28.9%、I.C.類71.1%となる。
I.B.類においては、M-47A2ナパームが92.7%を占め、M-47A2(W.P.)などは7.3%と少ない。

I.C.類では、E-46が多くを占める。
E-46(E-28,E-36) 66.5%
M-17A1 30.0%
E-48 3.5%


以上は、米軍側の視点によるものだが、
次は日本側の史料。


■「隣組はどうして焼夷弾を防ぐか」『週報』第256号 昭16.9.3

焼夷弾は、「油脂焼夷弾」、「エレクトロン焼夷弾」、「黄燐焼夷弾」の
三種があるとしている。

油脂焼夷弾には、M-69やM-47A2ナパーム、
エレクトロン焼夷弾には、M-50A2が該当するであろう。

黄燐焼夷弾は、

轟然たる音と共に発火し、火の粉となつた黄燐を四方に飛び散らしながら、多量の白煙をあげて燃える
(21頁)

と説明されている。


「大型焼夷弾はどうして消すか」『写真週報』第261号 昭18.3.3

黄燐とは常温では黄色の固形物である。空気に触れると自分から発火する性質があるので、普通は水中に保存しておく。燃焼の際には溶けて青白い光を放つが、再び水中に入れると消火して常態に戻る。有毒で皮膚に附着すると悪性の火傷をうけるから、消化の際は皮膚を露出しないやうに注意しなければならない。
(4頁)

黄燐焼夷弾の煙は短時間の吸入では生理的に殆んど害はないが、猛烈な白煙を吐くから、
消火に出動する者は濡手拭を用意するとよい。また絶対に皮膚を露出してはいけない。
(6頁)

皮膚に附着すると「悪性の火傷」を受けるとされているが、
発生する煙については「殆んど害はない」とされている。


■「大型焼夷弾の防護心得」『週報』第336号 昭18.3.24

黄燐焼夷弾は猛烈な白煙を出しますが、この煙は五分や十分吸つても、生理的には殆んど無害ですから、人命救助等で、特に濃い煙の中で長い時間活動する場合は格別として、普通は防毒面を附けないで、恐れず突入し敢闘することです。
 防護用の服装としては必ず足袋、手袋、頭巾の類を着けると共に、黄燐の火傷や、ガラスの破片等の怪我を防ぐため、待避所に靴や下駄を用意して置きます。
(10頁)

ここでも火傷の予防は指摘されるが、
煙については、「殆んど無害」とされ、「恐れず突入し敢闘すること」が推奨されている。


一方、以下の史料からは受ける印象が違う。


■「家庭防空群」台湾総督府情報部『部報』第124号、昭16.6.15 

黄燐は皮膚につくと、ひどい火傷を起すから、決して素手や、素足で触れてはならない。必ず手袋をはめ、足袋を穿くこと。―火傷をした場合の手当は後に述べてある。―又黄燐から出る白い煙は毒であるから、この煙の中に入る場合には防毒面を被ること。
(18頁)

ここでは、発生する煙が「毒」であるとされる。


■『火工教程第一部(野戦弾薬)』昭14
第三章 炸薬ノ填実
第二節 三八式野砲〔四一式騎砲、四一式山砲〕弾丸
其三 発煙弾 
 一 黄燐筒ノ填実

第二百四十九 一般ノ注意
 (一) 黄燐ハ有毒ニシテ之ヲ皮膚ニ附著スルトキハ空気中ニ於テハ火傷ヲ起スノミナラス其侭放置スレハ遂ニ甚シク身体ヲ侵蝕スルニ至ルモノナリ万一黄燐ヲ皮膚ニ附著セシメタル場合ニハ二硫化炭素又ハ石鹸ニテ洗ヒ流スヘシ然レトモ応急策トシテハ局部ヲ水中ニ入ルルカ或ハ注水繃帯ヲ施シ湿潤セシメ置クヘシ但二硫化炭素ハ引火シ易キモノナルヲ以テ注意スヘシ
 (二) 黄燐ノ燃焼スルトキ発生スル白煙ハ毒性アルヲ以テ吸入セサル様注意スヘシ
(143頁)

軍隊教育用に用いられたものであるが、ここでも「毒性」があるとされ、「吸入サセル様注意」されている。
五分、十分なら「吸入」しても大丈夫とはされていない。
「毒性」に関して、弾の作り手向けと、それを使われる側の国民向けでは対照的な説明となっている。


最後に、火傷の手当について。先の「家庭防空群」では、

黄燐焼夷弾が爆発して、燐の飛沫が着物や皮膚に付いて燐の火傷を起すことがある。こんな場合には慌てないで布片又は木片で燐を取り―燐に手が触れない様に注意する―急いで二十倍位の重炭酸曹達(重曹)水で何遍も何遍も洗つて後油を塗つて医者の手当を受ける。
(25頁)

とされている。


■柳壯一「空襲下に於ける応急手当に就いて」『北東日本厚生』9-7 昭18.7

黄燐焼夷弾による燐が身体に附著すると燃え出してやけどをします。この時第一に心得て置くべきは、その部分について居る燐をこすつて拡げない事です。他の布か何かでつまみとる様にしてこれを除かねばなりません。又は砂、乾した土を塗りつける、水をかけると爆発的に飛ぶから、五%の重曹水につけるとよい。
 火傷の部位に対す手当はこすらぬ事と、冷すことでありますが、冷すと云ふことは咄嗟の場合は仲仲むづかしいので、何か油類を塗るのが一番よいと思ひます。油はオレーフ油でもあれば結構ですが、そうは参りませんから、白絞油でも、ゴマ油でも、何でもよろしい、そして湿布をしておくのであります。味噌などを塗り付けても一時の痛みはよほど防ぐ事が出来ます。
 拡い部分に火傷をした場合は、生命にかゝはりますし、又早く特別の手当を要しますから、何はともあれ早く医師の手に渡すやうにして頂きたいと思ひます。
(38頁)

著者は、北大教授・医学博士。
燐がついて身体が燃えているとき、冷静に対処するのは難しいと思うが、
こすったり、水をかけてはいけないという。