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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

日本における黄燐の安全基準

前エントリでは、アメリカにおける黄燐の安全基準について、触れたが、
では、日本ではその基準はどうなっているのであろうか。


安全衛生情報センター(厚労省の委託により中央労働災害防止協会が運営)は、
GHS(「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」)として、製品安全データシートを作成している。


それは、化学品の危険有害性を一定の基準に従って分類し、
絵表示等を用いて分かりやすく表示し、災害防止及び人の健康や環境の保護に役立てようとするものである。


とりあげられている化学物質の一つに、「黄りん」がある。
http://www.jaish.gr.jp/anzen_fts/FTS_GHS_MSD_DET.aspx?joho_no=111


健康に対する有害性をみると、
急性毒性(経口)は、「区分1」とされている。
数字が若い方が、危険性は高い。
「区分1」は、「飲み込むと生命に危険(経口)」である。


また、急性毒性(経皮)も「区分1」である。
「皮膚に接触すると生命に危険(経皮)」。


急性毒性の吸入に関しては、ガス・蒸気・粉じん・ミストの四つに分けられている。


用語の定義をみると、
ガスは、「50℃で300kPa以上の蒸気圧を有する物質、または101.3kPaの標準気圧、20℃において完全にガス化する物質をいう。」
蒸気は、「液体または固体の状態から放出されたガス上の物質または混合物をいう。」
粉じんは、「ガス(通常空気)の中に浮遊する物質または混合物の固体の粒子をいう。」
ミストは、「ガス(通常空気)の中に浮遊する物質または混合物の液滴をいう。」
http://www.jaish.gr.jp/user/anzen/kag/kag_yogoitiran.html


ガスは「分類対象外」とされ、ほかはすべて「分類できない」とされている。
しかし、これは吸入による毒性がないことを意味してはいないであろう。
注意書きや注意事項を見ればそれがわかる。


注意書きには次のようにある。
「個人用保護具や換気装置を使用し、ばく露を避けること。」
「保護手袋、保護衣、保護眼鏡、保護面を着用すること。」
「眼、皮膚、又は衣類に付けないこと。 」
「粉じんを吸入しないこと。 」
「吸入した場合:空気の新鮮な場所に移動し、呼吸しやすい姿勢で休息させること。」
「吸入した場合:直ちに医師の診断、手当てを受けること。 」


安全な取扱い注意事項には、こうある。
「接触、吸入又は飲み込んではならない。」
「皮膚に接触してはならない。」
「眼に入れてはならない。」
「粉じんを吸入してはならない。」
「ミストを吸入してはならない。」


日本産業衛生学会の許容濃度は、
ACGIHと同じ、0.1mg/m3とされている。


「単回ばく露」については、

本物質のヒトへの急性ばく露が、肝、腎、消火器系、造血系、中枢神経系と広範な期間・組織に影響を及ぼす報告あるいは記載がある。 4) ,7) ,18) ,32)
短時間のばく露による気道刺激性が認められている。 41)
肝、腎、消火器、血液、中枢神経の障害(区分1)
呼吸器への刺激のおそれ(区分3)

とある。


なお、半カッコの数字は、参考文献。
4) HSDB :Hazardous Substanc Data Bank (2005)
7) ACGIH documentation (2001)
18) Patty’s Toxicology (5th, 2001)
32) Integrated Risk Information System (1991)
41) ATSDR:Toxicological Profile (1997)



安全衛生情報センターの例にならって、
各取扱業者がデータシートを作成するが、
ナカライテスクによる五酸化二りんのそれをみていこう。
http://www.nacalai.co.jp/MSDS/27716.pdf


有害性

極めて腐食性が強く、重症の薬傷を起こす。眼に接触すると失明の恐れがある。粉塵を吸入すると気道を刺激し、喘息、咳、胸痛、肺水腫を起こすことがある。経口摂取すると口腔、喉などに灼熱感があり、食道、消化器等の粘膜を侵し穿孔を生じることがある。


吸入した場合

新鮮な空気の場所に移し、安静保温に努め、直ちに医師の手当を受ける。


取扱い

吸い込んだり、眼、皮膚および衣類に触れないように、適切な保護具を着用し、できるだけ風上から作業する。


許容濃度

日本産業衛生学会勧告値:1mg/m3(りん酸として)
ACGIH(TLV) :TWA 1mg(H3PO4)/m3


TLVは暴露限界を意味する。
TWAは時間荷重平均。労働者が繰り返し暴露しても影響を受けない濃度。
通常は、1日8時間労働または週40時間労働に対しての濃度をいう。


ACGIHは、黄燐粒子については、0.1mg/m3としており、
リン酸は、黄燐粒子に比べると、高く設定されている(すなわち、毒性は黄燐粒子に比べれば低い)。


急性毒性

吸入ーマウス LC50: 271mg/m3/1 時間
吸入ーモルモット LC50: 61mg/m3/1 時間
吸入ーウサギ LC50:1689mg/m3/1 時間

LC50 は、半数致死濃度のこと。



次は、純正化学によるもの(五酸化二りん)をみていこう。
http://junsei.ehost.jp/productsearch/msds/30075jis.pdf


吸入した場合

◇粉塵を吸入すると鼻腔、口腔、のど及び気管支に極度の刺激作用を起こす。


皮膚に触れた場合

◇強い刺激、やけど、粘膜を腐食する。
◇発赤、皮膚熱傷、痛み。


皮膚に付着した場合の応急措置

◇直ちに汚染された衣服や靴を脱がせる。
◇直ちに多量の水で15 分間以上洗い流す。
◇医師の診断を受ける。


吸入した場合の応急措置

◇新鮮な空気に当てる。のどの刺激は水でうがいをする。
◇鼻をかみ、うがいをし、安静にする。
◇必要な場合には人工呼吸。
◇医師の診断を受ける。


吸入毒性としては、マウス、モルモット、ウサギのほかに、
「ラット LC50 1,217mg/m3/1H」とされている。


なおペンギンワックス社ダイヤトイレクリーナーのデータシートからは、
http://www.penguinwax.co.jp/msds/2222.pdf
ACGIHによるリン酸の短時間(15分)暴露限度がわかる。
3mg/m3である。



日本では、以上のように黄燐の毒性に対して安全が図られている。
このように安全に細心の配慮がなされた環境にありながら、
実際に、否応なしに黄燐煙に曝される戦火に暮らす人々に対して、「ちょっとぐらい暴露しても、殺傷能力は低いし、死んだ人も報告されていないから大丈夫だよ」なんて言えるだろうか。