南京事件へのアプローチ
ココのコメント欄等をみて、思ったこと。
南京事件へのアプローチを分類してみる。
a. 歴史学者が自分の専門分野として研究する。
b. 歴史学者が他の歴史学者の研究によって、事件を認識する。
c. アマチュアが歴史学者の研究を踏まえつつ、自ら研究を進める。
d. アマチュアが歴史学者の研究によって、事件を認識する。
このうち、d.のアプローチを「研究の盲信である」として、批判する者がいる。
しかし、研究に対する態度には、盲信か却下かの二通りしかないのだろうか。
誰もがすべての問題を自分の専門にして十全に把握できるわけはないのだから、すでになされている研究を踏まえて、認識するのは当然のことである。
それは必ずしも盲信とはならない。その研究を検討した上で採用するだけのことである。
これは、歴史学者がとるb. のアプローチでも基本的に変わらない。
だから、d.のアプローチであること自体を批判してもナンセンスであり、批判するのならば、そこで踏まえられている研究そのものを批判しないと批判として意味を成さない*1。
また、d.のアプローチ批判には、c. のアプローチをとらないことへの批判が含まれているようだ。しかし、先行研究を検討した上で異論がなく、当該議論の内容上あるいは目的上、研究の到達点を確認して事足りるならば、それを前提に議論して充分であろう。
*1:d.のアプローチをとる者の口が悪いとか、口がくさいとか、徒党を組むとか、強訴するとかは、そこで踏まえられている研究の内容に比べれば、全然本質ではない。