日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

弁当給与ミッション


おとなり日記
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100122


昭14.4、関東軍からの帰還部隊が朝鮮北部を通過し、羅津の港から内地に向った。その際、朝鮮軍に与えられたミッションは、兵員を無事に羅津の港から送り出すことであった。朝鮮軍司令官は、第19師団司令部を通じ、羅津兵站業務機関を開設した(昭14.4.20〜24)。同機関の委員長には、歩兵中佐・安秉範が就いた。安は、韓国軍廃止に伴い、韓国武官学校から陸軍士官学校に編入、卒業後、日本陸軍軍人となった経歴を持つ。洪思翊などと同期であった。朝鮮系の将校が朝鮮における兵站業務に当たっているのが確認できて興味深い。


羅津兵站業務機関の任務は、列車で到着した兵員を誘導し、弁当(朝・昼)を給与して船に乗せ、元気に日本に帰らせることであった。
その業務は、以下に詳しい。
兵站業務詳報の件(1) ref:C04121102400
兵站業務詳報の件(2) ref:C04121102500


弁当の調整は、請負賄いである。4.21には、弁当供給業者と契約、調理場を巡視した。

弁当調整計画ニ基キ供給者ト契約シ憲兵同伴調理場ヲ巡視シ給養品ノ点検竝調理人ノ健康診断ヲ実施シ且調理実施ヲ監督指導ス


業者は、朝食分は埠頭食堂、昼食分は、駅食堂であった。軍は、食中毒や伝染病を出さないよう、徹底した管理を行う。

調理者ノ健康診断ヲ厳重ニシ不健康者ヲ断乎トシテ排除スルト共ニ調理場ハ現場検査ヲナシ不潔ノ箇所ヲ指摘シ清潔法ヲ実施セシム

詰込作業ニ其都度立会シテ手指消毒『マスク』及清潔ナル割烹着ヲ装着セシメ主食及副食ハ冷却ヲ待チテ包装スル如ク指導シ食中毒並伝染病予防ノ万全ヲ期ス


弁当を冷ましてから包装するのは、基本だ。冷ましてからとそうでないとでは、細菌の増え方が全然ちがうのだ。
以下のような指示もしている。

調理当事者及其ノ家族使用人中異常者ヲ生ジタル場合ハ速ニ申出ヅベシ


この「異常者」とは精神異常者ということだろうか。


4.22には帰還部隊の第一陣が到着する。21日契約で、納入は22日朝4時なので、業者はてんてこ舞いの忙しさだろう。調整数、1291個の計画であった。

部隊ヲ埠頭集合所ニ誘導シ同所ニ於テ六時三十分ヨリ弁当ヲ分配シ湯茶ヲ補給シテ朝食ヲ喫セシム九時頃昼食弁当ヲ分配シ又利根川丸事務長ニ連絡シテ味噌汁ノ準備ヲ命ジ船内ノ給養ニ関シ輸送指揮官ニ所要ノ伝達ヲナス


通過部隊第一陣の列車到着は 5:15。朝食分配は、6:30。下士官兵は埠頭集合所付近、准士官以上には食堂が用意された。4.22、6時の気温は8.0℃。外で食べるのはちょっと肌寒い。


昼食分配は9:00。これはすぐには食べないで、船内で食べる。
乗船開始は10:00。同完了11:00。出帆14:00。


特に重視されたのは、味噌汁の給与であった。

第一日第二日共朝昼食二回折詰弁当ヲ以テ給与スル為メ副食ハ成ルベク単調ヲ避クル如クシ殊ニ味噌汁ノ給与ニ就テハ各部隊毎少クモ一回ハ必ズ実施スルコトヲ企図シ…


結局、味噌汁は昼になった。

味噌汁ハ朝食時給養スルヲ最適トスルモ炊事能力ノ関係上已ムヲ得ズ船主ニ依頼シテ調整シ昼食時船内ニテ給与セリ


やはり、みんな朝に味噌汁をズズズといきたいのだ。


ともかく弁当のメニューは充実している。

【朝食】
主食:精米2合 梅干1 ゴマ塩
副食:焼魚(鱈鱒)、豚肉、牛蒡、蒟蒻、黒豆、昆布巻、小魚佃煮、紅生姜、沢庵


豚肉、牛蒡、蒟蒻の3品で煮物にしたのだろうか。
ごはん2合が入った弁当箱はどれくらいだろう。

【昼食】
主食:精米2合 梅干1 ゴマ塩
副食:焼魚(鮭粕漬)、昆布巻、牛蒡、
大根酢付、小魚佃煮、蒟蒻、紅生姜、鶉豆、沢庵
味噌汁:味噌、豚肉、長葱、大根、馬鈴薯


焼魚は粕漬にして朝と味に変化をつける気配りが心憎い。
今度は、牛蒡、蒟蒻、鶉豆の3品で煮物にしたい。
味噌汁も具だくさんで充実している。