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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

台湾戦線と正貨支出

軍票


前回のエントリでは、明27.6以降の準備正貨減少についてみた。正貨減少は、財務当局に危機意識を生じさせた。


明27.11.15、日銀総裁は蔵相宛て、外征の進展に伴う戦線の拡大は、多くの正貨支出を伴うとして、正貨の節減を図るため、「軍事手形」の使用を蔵相に提議した(ref:A01200777300)。

外征事件ハ皇軍ノ連捷ニ従ヒ益々其区域ヲ拡メ軍資ノ需要日ニ多キヲ加フルト共ニ正貨ノ支出モ亦次第ニ多額ニ上ルハ自然ノ勢ニ有之

皇軍次第ニ敵地ニ深入スルニ従ヒ正貨ノ需要其額益々増加シテ準備正貨ニ著シキ減少ヲ来シ為メニ兌換制度ノ基礎ヲシテ或ハ薄弱ナラシムルガ如キコト無カルベキ歟ト痛心苦慮仕候就テハ此危害ヲ未然ニ予防スルニハ内ニ向テハ為シ得ラルヽ丈ケ正貨ノ使用ヲ節約シ外ニ向テハ大ニ力ヲ貿易上ニ用ヰテ銀貨回収ノ策ヲ講スベキコト最モ緊要ナリト思考仕候

占領地ニ対シテ使行スル貨幣ニハ一種ノ軍事手形ナルモノヲ発行シ之ヲ使用セシムル事最モ適宜ノ策ナルベク…


この提議を受け、23日には閣議で軍用切符、徴発証票の使用が決議された。
その後、陸軍と大蔵省の間で協議がなされ、混乱を生じさせないため、清国占領地のうち、すでに占領した地域ではなく、今後新たに占領した地域において使用することとなった。


また軍用切符を使用する地方で、やむを得ず正貨支払いを必要とするときは、「テエル銀板銀」や補助銀貨を使用することとされた(ref:C06022243400)。



戦線は、台湾へと拡大した。台湾においては、紙幣で支払うこととして正貨の節約が企図されたが、島内の状況はそれを許さなかった。明28.9.5、台湾総督府陸軍局監督部長は、野戦監督長官に宛て、次のように述べている。


「台監甲第一号」台湾総督府陸軍局監督部長より野戦監督長官宛、明28.9.5 ref:C06060414900

当府ハ勿論各団体ニ於テモ可相成一旦ハ紙幣ヲ以テ諸支払為致候得共土地人民之意向上銀貨ト交換ヲ為サヾレハ毫モ紙幣ヲ信セサルノ実況ニ有之必竟各団体ニ於テ支払フタル紙幣ハ悉ク交換ヲ為サヾルヲ得サル儀ニシテ到底国家経済ハ威力ノ及ホス処ニアラザルヲ以テ当府ハ勿論其占領ニ従ヒ民政局支部ヲシテ交換為致来仕候…目下之情況ニテハ日々交換ヲ為サヾレハ人民ノ信用上ニ非常ナル感情ヲ懐カシメ為メニ後来ニ困難ヲ惹起セシムルノ恐アリ既ニ一日交換ヲ為サヾレハ土人ノ人夫及物貨ニ著敷変動ヲ生シ候様ノ事アリ故ニ不得已現今ハ日々交換致居候次第ニ有之候


紙幣に信用がないため、正貨との交換を必要とし、交換を認めないと価値を保てないというのである。総督府陸軍局監督部長は、交換用に「平均一日金壱萬円」の補充準備を上申した。


明28.9.24、陸軍省は大蔵省に対して、臨時軍事費中、「在外各部隊一ヶ月分正貨ノ仕払ヲ要スヘキ概額」を以下のように申達した。


陸軍省「大蔵大臣ヘ御申牒案」明28.9.24 ref:C06060252700

占領地総督部      221,100円
第四師団        173,950円
同兵站部         28,500円
混成第十一旅団  30,000円
南部兵站部  14,000円
台湾総督府陸軍局監督部 420,000円
台湾兵站監督部  500,000円
近衛師団監督部  80,000円
第二師団監督部  80,000円
計  1,547,550円

備考
一 本表中台湾総督府陸軍局監督部ニ係ル四拾弐万円ノ内拾弐万円ハ該部ノ支払見込額ニシテ参拾万円ハ兌換紙幣交換用トス


台湾における兌換紙幣交換用は、先の1日1万円が認められ、1ヶ月30万円となっている。
台湾関係分については、台湾総督府陸軍局監督部から第二師団監督部まで、108万円となるが、

今般台湾兵站監部ヲ設置セシト第二師団ノ人事部ヲ台湾ニ派遣スルト又在台湾島ノ各部隊逐々南進ニ就テハ兵站線路ノ延長スルト共ニ軍需品運搬ノ為メ銀貨ノ支出ヲ要シ候

と説明されている。「軍需品運搬ノ為メ」というのが注目される。朝鮮での行軍同様、現地人軍夫の雇傭が不可欠であったことがわかる。


これに対して、大蔵省は、台湾関係分が巨額であるため、なるべく紙幣で支払うようにしてほしいと再考を促した。


「秘第六五五号」蔵相より陸相宛 明28.9.27 ref:C06060252700

臨時軍事費中在外各部隊ニ要スル正貨支払月額之義ニ付…清国占領地ニ於ケルモノハ駐兵引揚等ニ関シ万不得止候得共台湾方面ニ於ケルモノハ其金額モ巨額ニ上リ正貨準備方之都合モ有之ノ間可成兌換銀券ヲ以テ御交付致度ノ条一応御熟考相成度


しかし、陸軍側の考えは変わらなかった。銀貨への兌換を認めないと紙幣の信用を維持できず、運搬力に支障を来し作戦の進行に影響するとの認識を示した。


陸軍省「大蔵大臣ヘ御申牒案」明28.10.6 ref:C06060252700

秘第六五五号ヲ以テ臨時軍事費中在外各部隊ニ要スル正貨支払月額ノ内台湾方面ニ於ケルモノハ可成兌換銀券ヲ以テ交付セラレ度旨申越之趣了承銀貨支出之儀ハ成シ得ル限リ節制ヲ加ヘ万不得止場合ノ外ハ其支出ヲナサヽル様曾而野戦監督長官ヨリ在台湾当該監督部長ヘ厳格ナル訓示ヲ与ヘ力メテ其支出ノ節制ニ注意致居候然ルニ兌換紙幣ノ購買力ヲ保持シ其通用ヲ円滑ナラシメンニハ該紙幣ノ信用ヲ得ルニアラサレハ其目的ヲ達セシムル事能ハス其信用ヲ博セントスルニハ銀紙ノ交換ヲ求メ来ルモノニハ之カ兌換ヲ為スノ準備ナカルヘカラス殊ニ目下兵馬倥偬*1土民其墸ニ安ンセサルノ折柄可成兌換銀券ヲ以テ交付セラルヽトキハ右等紙幣ノ信用並必要トスル所ノ交換ニ差支有之又追々軍隊ノ南進ト共ニ戦線及兵站線路ノ延伸スルニ随テ軍需品ノ運搬力ニ増加ヲ生シ其補充トシテ土民ヲ使用スルノ必要ヲ生スルノ今日ニ当リ兌換銀券ノミヲ以テ其運搬力ヲ購ハントスルハ実際上困難ヲ見ルノミナラス土民ノ徴集ニ支障ヲ生シ為メニ軍隊ノ進行ニ影響ヲ与へ作戦上差支有之候テハ不容易義ニ付今暫クノ所送甲第一八六二号*2ヲ以テ申達置候通準備ノ計画相成候様致度右申達候也

詳細は不明であるが、その後、11月までの間に陸軍は台湾向けに銀貨75万円の支出を要求しており、大蔵省よりその理由の詳細を明らかにするよう照会を受けている。陸軍省は、「匪徒ノ鎮圧」は効を奏したといえども、「残賊ノ出没」は免れない。そのため全島各要地に軍隊を派遣する必要がある。「内地ヨリ派遣軍役夫ノミニテハ其運搬力ヲ充タスニ足ラ」ず、また「米麦醤油味噌漬物」は内地よりの輸送があるとしても、「副食物ノ購買代」が必要であり、「不尠通貨ノ支出ヲ要ス」と回答した(ref:C06022377600)。


結局、大蔵省は半額37万5000円の交付を承認した。


明28.12.1、台湾総督は参謀総長に宛てて、残りの37万5000円をすぐに送金してほしいこと、今後も支出金額の3分の1は、銀貨でほしいことを上申した。
樺山は、これまで銀貨は支出一方に偏し、収入は税関からの4、50万の銀貨収入(半額は刻印銀)だけであったが、翌年より諸種の税金を賦課して収入の途が開けるため、銀貨の支出は減じ、紙幣の使用は拡張されるだろうとの見通しを述べている(ref:C06061544800)。


結局、大蔵省は、20万円の支出を承認している。

*1:戦乱で慌しいさま

*2:前掲、明28.9.24申牒