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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

新聞雑誌にみる台湾征服戦争

植民地

先のエントリでは、時事新報において、「台湾戦争」、「恰も兵力を以て征服したるに異ならず」と認識されていたことをみた。以下の記事は、時期的により早いものであり、いまだ征服戦争の実績が上がっていない時期のものである。


■「台湾を喰詰者の巣窟と為す勿れ」『読売新聞』1895.6.4

元来兵威を示さずして敵国の人民を帰服せしめんとするハ無理の注文に外ならず、北の方遼東に於て我軍隊が如何計勇猛なりしかを善くも知らざる彼等台湾の頑民が、此位の騒動を為すハ敢て怪しむに足らざる可し、余輩ハ思ふ将来台湾に於て起る可き一二の戦争ハ我日本が威信の基礎を立る所以にして寧ろ悦ぶ可く憂ふ可きにあらずと
余輩ハ台湾に戦争の起るを憂へずして其喰詰者の巣窟とならんことを憂ふ


条約で割譲したとしても、「兵威」を示し、「台湾の頑民」を帰服させることが重要であって、台湾において戦争が起ることは、悦ぶべきことであるとしている。ここにいう「喰詰者」とは何か。社説子は、「一名豪傑といふ、日本を喰詰て台湾に赴んとするなり、而して其目的とする所ハ虎の威を借りて私利を営んとするにあり、人民を虐げて私欲を逞しふせんとするにあり」と述べている。


■島田三郎「台湾論」『太陽』1-9、1895.9.5
島田は衆議院議員(立憲改進党)で、当時、衆議院副議長。
まず、日本側において「台湾征討」の実績が振わない理由を四点あげている。


第一に、遼東半島還付が国民の意気を挫いたこと。

遼東還付の一事は、端なく国民の意気に一頓挫を与へしより、其台湾征剿に対する感情、復た征清の挙に対するが如く旺熾ならず


第二に、祝勝大会の開催が国民に戦争が終結したものと思わせていること。

征清の軍隊已に凱旋すと雖ども、台湾征剿の師、猶ほ瘴霧の中に苦戦す、而して之を顧みざるなり、軽佻の徒、阿諛の徒と互に相迎合し、祝捷の大会を開きて、以て平和を粉飾し、俗耳を衒惑せむとす、遠識あるの士力を極めて之を争ひ、纔かに遏止することを得たりと雖ども、俗論一たび煽して、人心委靡す、多数の国民は、戦争全く終局せし者と速了し、台湾の事、別に意を用ゐるに足らずと為せり、其意気の振はざる、敢て怪しむを須ゐず


第三に、非対称戦争であること。

征清の挙に在リては、其対手とする所敵国なり、征台の挙に在りては、其対手とする所乱民なり、対手とする所敵国に在れば、則ち軍隊の意嚮全く攻畧に専らなり、故に其鋒鋭からざるを得ず、対手とする所乱民に在れば、則ち軍隊の意嚮自から鎮撫に傾く、故に鋒緩ならざるを得ず、征台軍の遼東に於けるが如くならざるは、蓋し当然の数のみ


第四に、国民が台湾の地理に疎く、国民の同情を得られていないこと。

征清の挙に於ては、軍隊の進行する所、平壌と曰ひ、鴨緑江と曰ひ、旅順と曰ひ、牛荘と曰ひ、国民の耳久しく其地名に熟して、其形勝を想像するが故に、戦捷の報至る毎に、軍隊に対する同感の度自から倍加す、然るに征台の挙に於ては、基隆なり、新竹なり、大姑陥なり、其位置地勢多く国民の視聴に存せざるを以て、其感情も何となく冷淡なるの傾あり、国民の同情を得ざる戦争は、殆むど孤煢の戦争なり


一方、台湾側の理由としては、第一に「台湾の人民」が「土蕃の侵畧常に測る可からざるを以て、土民皆兵戈を執るに熟し」、「慓悍*1善く戦ふ」こと、第二に、台湾が未開の地で日本軍にとっては「大軍を操縦するの便宜を有」しない一方、相手は「虚を撞き背を扼し、聚散測る可からず」、神出鬼没なことが挙げられている。


先にみたように島田には、非対称戦争であることが苦戦の要因の一つという認識があったが、結局のところ、兵力を投入して、徹底的に攻撃すれば征服がなると考えていたようである。「攻畧決心の必要」として、「叛民鎮撫の意」ではなく、「敵国攻畧の意」をもって徹底的に制圧すべきだとし、国民も「征清軍」に対すると同じように「同情」し「声援」を大にすることが必要であると述べている。

之を要するに、台湾の土は、馬関条約の結果として我版図に帰したりと雖ども、台湾の人は、未だ我が政権の下に順はず、現に我が樺山総督と清使李経方との間に行はれたる受渡式の如きも、台湾の内地に於てすること能はずして、海上に於てせしに徴するも、我の之に処する、宜しく敵国攻畧の意を以てすべく、決して叛民鎮撫の意を以てす可からず、宜しく峻徐剛果、其根を絶ち、其葉を枯らし、以て長く風霆の威に懾伏せしむるの手段に出づべく、決して曠日彌久、観望の端を啓かしむ可からず、而して国民も亦その声援を大にし、其同情を厚うして、軍隊の意気を振作鼓吹すること、猶ほ征清軍に対するが如くならむことを要す

*1:すばしこく、荒々しく強いこと