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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

なぜ満洲の主要都市を占領するか

満州事変期

1931年9月以降、柳条湖事件を起した関東軍は、独立国家樹立に向けて次々と満洲の主要都市を占領していった。各都市の占領はどのように理由づけられたか。32年9月、関東軍司令官を務めた本庄繁の、天皇への上奏から簡潔にまとめると、以下のようになる。
(小林龍夫・島田俊彦・稲葉正夫編『現代史資料 11 続・満州事変みすず書房、1965年、851-852頁)


奉天長春・営口・鳳凰城】1931.9
満鉄を保護し、沿線在留帝国臣民を保護するため

吉林】同上
満鉄右側面の脅威を除去するため

チチハル】 1931.11
鉄道橋が破壊されたので修復しようとしたら黒竜江省軍から不法な攻撃を受けたので、攻勢に転じた

【錦州】1932.1
旧東北政権が根拠を構え南満一帯の擾乱を策すため

【ハルピン】1932.2
吉林軍が情勢安定のため行動しているのに、反吉林軍がそれを阻み、ハルピン在留帝国臣民が危険となったため


危機にある居留民保護が理由とされるが、居留民を引揚げさせるという方法もあった。実際、当初事態拡大に消極的だった陸軍中央は、ハルピンに派兵するよりは居留民の引揚げを望んだ。結局、9月のハルピン派兵は見送りになったが、以下の史料は、消極的な陸軍中央に対して、関東軍の強硬さがよく表われている。


関東軍参謀部総務課・片倉衷「満洲事変機密政略日誌」9月24日条

然るに午後に至り参謀総長より五七電を以て哈市に対しては事態急変するも出発せず、次で陸軍大臣より陸満一七を以て哈市居留民の現地保護は之を行はず要すれば在留民を引揚げ派兵せざる旨去二十二日総理より上奏せる旨来電あり、更に大臣より陸満二〇電を以て間島の情況仮令悪化せる場合に於ても事態拡大防止の為には軍隊の力に拠ることなく警察官をして之に応ずることに決定しある旨の電報に接す。
 噫 政府の真意那辺に在るや、陸軍大臣は何故政府と正面衝突を敢行するの決意を以て当らざるや、今や「断」の一字の外時局を収拾する何者をも存せず、幕僚間或は憤慨し或は嘆息し軍司令官又沈痛の体なり。

(小林龍夫・島田俊彦編『現代史資料 7 満州事変みすず書房、1964年、191頁)