日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

軍票は回収すべきか その2

前回は、
南方開発金庫調査課『軍票の回収に就いて』(昭17.11)における
軍票回収論および回収不要論の考察についてみてきました。


今回は、その続きの部分である、
大東亜戦争軍票回収の是非」についてみていきましょう。


前回もご紹介したように、本書は基本的に、回収不要論の立場をとります。


時期を、
軍政の時期とその次の段階の時期と
二つにわけて考えています。


軍政の時期においては、
軍票が一般通貨に発展し得るという認識を示します。

今次の南方圏軍票は現在、皇軍の武力に対する信頼、現地旧通貨表示の成功等により軍の調達機能のみならず、よく一般的通貨としての機能を営んでゐるやうである。将来もし過度の軍票インフレーシヨンが起るとせば或はその通貨性は喪失するかもしれないが然らざる限り、敵性通貨による撹乱少き南方圏に於いて軍票は一般通貨たり得るであろう。


また発行数量の伸縮性の問題に関しても
根拠が薄いと思うのですが、楽観的に、大丈夫だろうという認識を示しています。

軍票とて、今後は敵と戦闘を交へてゐる最中の軍によつて発行されるのではなく、充分なる機構と人員とをもつ軍政の下に発行されようとしてゐるのであるから、当然出来るだけ、現地事情に応じて伸縮をなすのではなからうか、たヾ問題になるのは政府紙幣は殆どすべての場合濫発に陥る弊害を伴ふこと、換言すれば発行につき自制が不可能である点である。過去の歴史に徴しこの事は決して再び繰返さないとは断言し得ないが此は一つには制度上の問題であつて、もし発行につき自制し得るやうな制度を作るならば、絶対に避く可からざる弊害ではなからう。現在に於ても軍票発行は臨時軍事特別会計の予算に束縛されてゐる。


そして、軍政の時期においては、軍票回収論が成り立たないと結論づけます。

此のやうに考へてくると軍票の機能、軍票数量の経済的伸縮性といふことからは軍票は回収さるべしといふ議論は尠くとも軍政の行はれる期間に於いては成立しないわけである。


回収論の主要な根拠となる
現地中央銀行の利用に関しては、
南方圏諸地域の「民度」が低く、金融機関が未整備であり、
中央銀行としては「旧蘭印の爪哇銀行」しかないことをもって否定されます。


住民に対する心理的影響に関しては、
「軍政宜しきを得よく住民の信頼を得てゐる限り余り問題はない」とされます。


軍票という名称が「恒久化につき不都合」であるという議論に関しては、
「南方圏発行軍票には日本政府といふ文字のみで軍票なる文字が記入されてゐない」
として、反論します。


残された問題は、インフレの責任に関する点ですが、
これもまた楽観論で乗り切ろうとします。

前述のインフレーシヨンの責任転嫁が回収の理由となるとしても、インフレーシヨン防止策が有効であり得る間、又現地に物資のストックがある間は是非とも回収を急がねばならぬ理由はない。

次に、軍政のあとの第二段階の考察にうつります。


ここまで、単純に軍票回収不要論に立っていると言ってきましたが、
第二段階の考察をみると、そう単純なものではないことがわかります。


ここでは、共栄圏内の独立を許された地域と許されない地域の
二つにわけて考察されています。


独立を許された地域では、軍票を回収すべきであるとされます。

独立を許容せられたる地域に対して日本軍票又は政府紙幣其侭流通せしめる事は妥当ではない。即ち軍票の恒久化は種々なる困難に逢着し結局は回収さるべきものと考へられる。


軍票を回収するとして、次は、新通貨をどの機関が発行すべきかが問題になります。
独立を許す以上、日本側による「特殊現地機関」を設けて
新たな通貨を発行するのは、不適当であって、
そこで、現地政府によるのか、それともその中央銀行によるのか
という選択が問題になります。


「地域相当大にして経済規模も進んだ地域」では、
「現地中央銀行」による方が好ましいとされます。


その理由として、発行数量の調節は政府には難しい、
日本による指導上都合がいいという点など、
次の四点が挙げられます。

(1)通貨調節の仕事は政治当局者自らが行ふよりも特殊の金融機関をして行はしめる方が効果的である。
(2)政府発行の場合は発行数量の自制が困難である。
(3)本邦側の指導力を確保する上から見て直接現地政府と交渉するよりも人的にも経済的にも本邦側の力を加へ得る中央銀行の方がよい。
(4)予想される如く各地発券機関の勘定が日本銀行の如き本邦側機関内に設けられ、之を通じて圏内の決済交通が行はれるとせば各勘定が各地政府勘定であるよりも中央銀行勘定である方がより円滑に運営されるであらう。
(※ローマ数字をアラビア数字に置き換えた)

一方、独立を許されない直轄地では、
日本政府の統制が「直接強力に行はれることが望ましい」とされます。


直轄地についても、地域の規模によって区別され、
規模が小さい地域では、軍票をそのまま利用し、
規模が大きい地域では、日本側による特殊金融機関によるのが妥当である
とされています。