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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

「同化主義でなくてはならぬ」

植民地


■佐伯有義『韓国併合の旨趣』1910.10


考証学者で、宮内省掌典の佐伯有義は、
朝鮮経営の方針は、「同化主義」で「世論が一定」していると述べる。

さて朝鮮今後の経営は如何にすべきか。政治、法律、教育、農工業、其の他各種の方面より改良し進歩発展を図らねばならぬことは勿論であるが、それには先づ大方針を確定せねばならぬ。即ち同化主義を以て、朝鮮統治の理想とし目的とせねばならぬので、既に世論が一定して居るのである。然るに従来或る一小部分には非同化論を唱ふるものあり、欧米の殖民政策を引証して、殖民地は軍事上或は経済上に於て之を利用するも、統治の上には勉めて干渉を避け、放任主義を採るのが良策であると云ふ論者もあつたのである。欧羅巴にては放任主義を以て大に成功したものがあるから、放任主義其の物が悪しきにはあらねど、之を朝鮮に施さむとするは、策の得たるものではない。何となれば欧米諸国と其の殖民地とは、人種を異にし言語宗教風俗習慣等全く相同じからざるを以て、之を同化して本国と同一ならしむることは至難のことである。

又或る場合には殖民地の発達は、却つて本国の統治を困難ならしむる虞があり、現に之が為めに困難しつゝある国もあるのである。故に殖民地の進歩せざるは、寧ろ其の本国の利益たる場合もあれど、我が国と朝鮮との関係は、之れと大に趣を異にして、人種は同一である。言語も文学も根源を同じうし、風俗習慣も亦相似たるを以て、極めて同化し易いのである。否な古代に於ては既に同化されて居たのである。故に欧米の殖民政策を採るには及ばぬ。同化主義でなくてはならぬのである。
(61-62頁)


日本と朝鮮とは、人種が「同一」で風俗習慣も似ているので、
「同化し易い」と断定しているのだ。


同化主義を採るということは、
同化させる側と同化される側という関係が生じるわけであり、
日本と朝鮮が対等たり得ることはない。