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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

焼夷兵器に関する国連事務総長報告書

黄燐


■「ナパーム及びその他の焼夷兵器に関する国連事務総長の報告書(一)(二)」『関西大学法学論集』23(2)、(3)、1973年7月、9月


以下は1972年、国連第26回総会における決議2852に基づき、
国連事務総長のもとに専門家グループが作成した報告書(竹本正幸氏が翻訳)である。

焼夷兵器の法的規制の前提となる、兵器そのものの基礎的構造および効果に
関する基礎的資料を提供するものであった。


報告書の構成は、次のようになっている。

序論
第一章 焼夷剤と焼夷兵器
第二章 焼夷兵器の作用とその医学外の影響
第三章 個人及び住民に対する焼夷兵器の医学的影響
第四章 焼夷戦とその結果
第五章 結論


第一章において、焼夷兵器は、

焼夷剤の作用に効果が依存している兵器

と定義されている(一、78頁)。


焼夷剤は、

  • 金属焼夷剤(マグネシウム、エレクトロン、ウラニウム
  • パイロテクニック焼夷剤(テルミット、サーメイト)
  • パイロフォリック焼夷剤(黄燐、トリエチル・アルミニウム、ナトリウム金属)
  • 油脂焼夷剤(ナパームなど)

の四つのカテゴリーに分類できる。


また、焼夷剤は、使用対象の点から、

  • 集中型(金属焼夷剤、パイロテクニック焼夷剤)
  • 散乱型(パイロフォリック焼夷剤、油脂焼夷剤)

に分類できる。
前者は、燃焼しにくい目標に対して用いられ、
後者は、容易に燃焼する目標また住民に直接傷害を与えるために用いられる。


パイロフォリック焼夷剤の一種としての黄燐は、次のように述べられている。

二三 黄燐は、広く使用されるパイロフォリック焼夷剤である。空気にさらされると、直ちに燃え上がって火焔となり、燐の酸化物を発生せしめ、これが空気中の湿気の影響で濃密な層の白煙に変る。このため、黄燐は、焼夷剤としても、また煙幕や発煙信号のための剤としても使用される。その燃焼熱(五八〇〇グラム・カロリー)は、マグネシウムのそれに比敵するが、むしろゆっくりと燃焼する。その上、その燃焼生成物は、それが覆った表面の燃焼性を減少せしめやすい。そのため、黄燐は、一般に、最も燃えやすい物質に対してだけ火をつけることができる。

二四 黄燐は、散乱型焼夷剤である。通常それは、爆薬炸裂によってその目標上にばらまかれる。この剤の粒子は、燃焼している間にたやすく表面に付着する。その作用を増大せしめるために、黄燐は、しばしば、可塑剤と高い燃焼温度を有する可燃性物質を含んだ形で使用される。この可塑剤は、最適の大きさの燃焼燐粒子が均分に分散するのを確保し、その粘着性を増大せしめ、さらにこの剤をつめた投射物の弾道をより正確なものにする。典型的な可塑性の黄燐組成物は、ゴム―キシレン膠状にされた、細かく分割された黄燐粒子を含んでいる。

二五 燃焼している黄燐の塊は、水で消水するのが困難であり、またたとえ水が有効であるとしても、乾燥すれば再び発火する。燐の火災は、砂と土で最もよく消すことができる。燐の火災を消火する場合の一つの特殊な危険は、燃焼している燐の塊が消火者の靴や他の衣服に容易に付着することである。さらにこの剤が発生する大量の濃密な刺戟性の煙が、消火活動を妨げる。
(一、85頁)


ここでは、発生する白煙について、有毒であるとまではされていない。


焼夷兵器については、

  • 人口集中地域に対して使用するための焼夷兵器
  • 戦場目標に対して使用するための航空兵器
  • 戦場目標に対して使用するための地上兵器
  • その他の焼夷兵器

の四つに区分されている。


興味深いのは、航空兵器の一種としての黄燐ロケット弾についての記述である。

黄燐ロケットは、対人兵器として又は発煙の目的で使用される。
(一、92頁)


焼夷剤による火災は、次のように起こる。

五九 燃焼する焼夷剤からのまたはその後の火災まん延中の熱エネルギーの移動には、三つの異なる過程、すなわち対流、伝導、輻射が含まれている。
(一、96頁)

散乱型焼夷剤である黄燐は、対流によってよりよく作用する。

対流は、焼夷剤によって熱せられた空気の流れ又は熱い燃焼ガス若しくは火焔そのものがその通路上の表面に突き当って、それらの表面を熱する時に、生ずる。熱い空気は、冷たい空気よりも密度が低い。それ故、熱い空気は、焼夷剤の近辺から上昇し、その結果として生ずる空気の動きが「対流気流」を形成する。冷たい空気を新らたに供給すると、それが火災の中に吸い込まれ、火災の密度を維持し又は増大させる。対流気流は、火の粉や火の燃えさしを一緒に運び、さらに火災の拡大を助ける。
(一、96-97頁)

散乱型焼夷剤は、輻射よりも対流によってよりよく作用する。それ故、燃焼している剤が垂直的な表面に付着した時最も破壊力をもつ。兵器の中にある爆発薬は、燃焼している剤(例えば、黄燐やナパーム)の小塊を飛散させ、次にその小塊が壁、床、天井、家具などに付着して、多数の火災源を作るのである。この爆発は、窓や戸を打ちこわし、それによって空気の流入を増大させる。
(一、97-98頁)


第三章では、医学的影響が扱われている。

火傷の回復には時間がかかり、回復期間のほとんどにわたって、患者は、大きな苦しみを受ける。ナパームと黄燐による火傷は、患者の残りの生涯にわたって深い傷痕を残し醜くしてしまうことが多い。
(二、49頁)


黄燐による火傷は、本当に深刻な被害をもたらす。

一二二 黄燐は、ナパームのように、普通深い火傷を生じ、時には非常に広い範囲にわたることがある。この剤は、通常ねばねばする粒子の塊としてばらまかれ、その粒子のおのおのが人体の皮膚に付着し、空気から絶縁されるか完全に燃えつきるまで燃えつづける。その結果、比較的小さな火傷を無数に生じ、それが表面の広い範囲にわたって皮膚深く拡がり、時には下部組織にまで及ぶことがある。この型の火傷は、治療が極めて困難である。筋肉組織にまで深くくい込んだ黄燐粒子は、回復し難い程の運動機能喪失をもたらすことがあり、そのことが重大な機能回復問題(rehabilitation problems)を生ぜしめるであろう。例えば、黄燐による手、手首又は足の火傷は(他の深い火傷と同様に)、傷がなおった後にこれらの末端部分の部分的又は全面的な無能化を生ぜしめることがある。
(二、54-55頁)


さらに、毒性傷害についても述べられている。

一二三 下部組織に入った黄燐は、血流に入って全身的な中毒を生ぜしめることがある。それは、強力な原形質毒素であって、そのため黄燐にふれたすべての生きた細胞を損傷することができる。これは、多くの結果をもたらし、それらの結果の若干のものは、場合によっては致命的なものであって、肝臓、心臓、腎臓及び血液細胞を作る他の諸器官に対する損傷はとくに致命的である。しかし、これらの中毒効果が現れるかどうかは、どの程度黄燐が表面の傷から血流にまで吸収されるかによって異る。黄燐が血流にまで吸収されることがあることは知られているが、それが容易に起るかどうかについては殆んどわかっていない。しかしながら、黄燐負傷者の間にしばしば白血球数の減少がみられることを考えると、この剤の中毒特性は、黄燐が生ぜしめた傷害に重大な関連をもっていると思われる。血液細胞を生む諸器官に対する毒性傷害は、火傷による傷害の中でも特に驚異的な併発症である。一方では、身体が新しい赤血球を作りだす割合の減少は、火傷部分から生ずる貧血症を促進するであろう。他方では、白血球の数の減少は、身体の感性に対する抵抗力を弱め、これがまた火傷に対する犠牲者の弱さを増大せしめる。
(二、55頁)


第四章では、黄燐がなぜ使われるかについて、
次のように述べられている。

一六五 今日の戦争で使用される戦場用焼夷兵器のうちでも一つの主要な兵器は、黄燐を基剤とするものである。第一章で述べたように、この物質は、三つの軍事的機能を果すことができる。すなわち、第一に遮蔽のための発煙剤として、第二に容易に燃焼する物質(materiel)に火をつけるための焼夷剤として、第三に対人攻撃用の剤として、である。これらの役割の一つ一つについては、もっと有効な剤が入手可能であるが、これら三つの役割すべてを兼ね備えたものは他にない。黄燐は、今もひきつづき大量に使用されている。
(二、69頁)

発煙、焼夷、対人攻撃という
三つの機能を兼ね備えているからこそ、黄燐が使われるのである。


ハーグ陸戦規則第23条では、
「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」
「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」
が禁止されているが、
第五章、結論では、次のように述べられている。

兵士を軍事行動の外におくために何が必要であるかについて判断すると、焼夷兵器によって惹き起される負傷の多くは、多分余計なものである。一般住民に対する損害についても、焼夷弾は、その効果の点でとくに残虐である。
(二、76頁)

一八八 ナパーム及びその他の焼夷兵器は、その効果を、熱と火炎だけではなくて、一酸化炭素とその他の燃焼生成物の毒性効果に負っている。このことは、限定された場所に避難している人々についてとくに当てはまるが、彼らが野外にある時にも重要であることがある。窒息性効果はまた、とくに焼夷弾の大量使用に関連して、重要である。この場合、主要な原因となるのは、濃密な煙の作用と火災による大気中の酸素の減少とである。黄燐の毒性もまた、この物質を利用している兵器で受けた負傷について考慮すべき重要な事項であろう。
(二、76-77頁)

一九三 法的及び人道的諸原則にてらして焼夷兵器の使用を評価することは、本報告書の目的ではない。それにもかかわらず、この報告書の中で示された諸事実にてらして、われわれ専門家グループは、ナパーム及びその他の焼夷兵器の使用、生産、開発及び貯蔵を禁止するための措置をとることが必要であることについて、総会の注意を喚起したいと思う。
(二、78頁)


1972年、赤十字国際委員会主催の「武力紛争の際に適用される国際人道法の再確認と発展のための政府専門家会議」において、
エジプト、フィンランド、メキシコ、ノルウェー、スウェーデン、スイス、ユーゴスラビアの七国共同で、
「ナパーム又は燐を含む焼夷兵器は、禁止される」旨の提案がなされている。
またスペインも同様の提案を行った。
(二、81-82頁)