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日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

満洲国軍白系ロシア人部隊における慰安所

満洲国軍日系軍官四期生会『大陸の光芒―満洲国軍日系軍官四期生誌』(1983年)下巻に、下記のような回想が出てくる。H生「白系露人部隊」と題してある。満洲国軍では、多くの日本軍人が部隊長や教官となって現地人兵士を率いていたが、著者は対ソ工作を目的として1937年に設置された白系ロシア人部隊「浅野部隊」に関係していた。同部隊には、松花江隊(約250名)、ハイラル隊(150名)、オウドウカシ隊(約50名)があった(ガルキン・セルゲイ「エポフ家と日本(1)」『望郷』26、2008年4月)。著者は松花江隊のようだ。

今一つ全世界の軍隊でも例を見ない設備は性の処理施設を造ったことである、兵の外出は兵営と隣接将校舎用の地内に限定したため、外食料亭が一軒も無い地であり、娯楽設備に極めて乏しい故でもあるが、部隊の一角の建物を妓楼とし中国人娼婦数名を常駐、夜間に限り希望者を申告せしめ、外泊許可証に依り許可した。費用は自弁であるが低廉であった。この設備に関し将校の意見として賛否両論でにぎわった。
(116頁)


「今一つ」とあるが、もう一つは禁酒であった。禁酒と「性の処理施設」が「全世界の軍隊でも例を見ない」というのが著者の認識である。当時すでに、世界で例がないという認識があったのだろうか。著者の記述からは、思い切ったことを断行したという幾分肯定的な認識をしているような印象を受ける。部隊の一角の建物を使ったというのだから驚きだ。「賛否両論でにぎわった」ということは、当時から問題視する意見があったことがわかる。