日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

防衛召集問答 陸軍防衛召集規則の解説

『週報』314号、1942.10.14に、
陸軍省報道部「防衛召集問答 陸軍防衛召集規則の解説」が掲載されています。
アジア歴史資料センター ref:A06031047600)


このように『週報』には、法令の解説が掲載されることがあり、
法の意図や運用を分析するに当たって、興味深い史料となります。



■こんど「陸軍防衛召集規則」が出来て、これまでの充員召集や臨時召集の外に、新らしく「防衛召集」が行はれることになつたさうですが、どんな趣旨からですか

二つの要求(引用者注―兵力と生産力)を調和し、ふだんは生産に従事してゐる在郷軍人その他が、一朝、有事の際には軍の要員として馳せ参じ、その地附近の防衛に当るといふのが防衛召集のねらひです。
もと\/国土の防衛は、ひとり軍のみの力に依存すべきものではなく、皇国に生を享ける国民の均しく担任すべき責務なのであつて、軍とその地方にある国民とが一体となつて初めて、国土防衛の完きを期することができるのです。ところがこれまでの充員召集や臨時召集では、本籍地主義をとつてゐるために、防衛部隊の要員は必ずしもその附近の者とは限らず、例へば東京附近の防衛に関西附近の者が当るとか、北海道の防衛に東京の者が当るといふやうなことになつてゐます。今度の防衛召集では、居住地主義をとりましたので、その地方の防衛にはその地方の者が当ることになり、これを綜合敷衍して、日本の国土は日本国民全体で守るといふ構想になつてをります。


■では、防衛召集はどんな場合にやるのですか

防衛召集とは、防空召集と警備召集の二つの種類があります。防空召集とは、いふまでもなく敵機に備へるための召集であり、警戒警報、或ひは空襲警報が発せられた時、召集されます。警備召集とは、海上からの敵、河上からの敵、或ひは地上からの敵に備へるための召集で、敵が来襲した場合、或ひは来襲の虞れある場合に召集します。


■どんな者を召集するのですか

在郷軍人と国民兵役の下士官と兵です。


在郷軍人とは、「待命や予備役の将校と准士官、それに予備役の下士官と兵、帰休兵、補充兵など」。


国民兵役は、第一国民兵役と第二国民兵役に分かれます。


第一国民兵役…現役と予備役を終えた者、補充兵役(既教育)を終えた者
第二国民兵役…上記以外の満17歳から40歳までの帝国臣民たる男子(丙種合格者)


ただし、当初は、徴兵検査を受けていない者は召集対象外でした。
(召集対象の変遷については、こちら。)


■すると兵役の義務のある帝国臣民たる男子は悉く、いつ防衛召集があるかわからぬので、常に召集に応ずる準備を整へておかねばならぬわけですね

一応さうですが、しかしそれでは何かと不便でせうから、防衛召集では、あらかじめ防衛召集待命者といふものを作つておいて、必要に応じてこの待命者を召集したり、召集解除をしたりすることになつてゐます。


待命期間は、「大体一年ぐらゐが標準」。
待命者となった者には、「淡青色」の待命令状が通達されます。


■召集はどんな工合にやりますか

緊急な事態となつた場合に、防空召集令状または警備召集令状を本人に通達します。これが原則です。但し緊急やむを得ぬ場合や、船に乗つてゐる警備部隊の場合には、防衛召集担任官の口頭や電話命令でやる場合もあります。


召集令状は、「淡紅色」。


■敵機空襲の場合など、警報が出てから召集してゐたのでは間に合はぬと思ひますが

さうです。ですから、防空召集については、防空に関する警報または空襲警報が発令された場合には、防空召集令状が交附されたものと見做すことになつてゐます


■駆けつけた後はどうなりますか

召集部隊の部隊長は、応召員の到着と同時にこれをその部隊に編入し、現役軍人の取扱ひをします。給与その他の恩典は、全く臨時召集、充員召集の場合と同様で、戦死すれば勿論、靖国神社へ祀られます。


■警報が出たのを知らず応召しなかつたとか、或ひは応召の時刻がまち\/になるといふやうな場合もあるかと思ひますが、万一このやうな場合にはどんな罰に処せられますか

このやうな場合には、どうするといふ普通のやうな罰則の適用はありません。これは、我が国民には、一朝有事の際に、国土防衛に馳せ参ずるの躊躇するといふやうな非愛国者は一人もないからと、全幅的に忠勇なる国民を信頼しきつてゐるからです。これは我が国にしてはじめてなし得るところであり、防衛召集規則の特徴でもありますから、その精神を銘記しておいていたゞきたいのであります。しかし警報が出たことを知りつゝ応召しないといふやうなことがあれば、これこそ充員召集や臨時召集に応召しないと同様に罰せられます


■要するに敵が来襲した場合とか、敵機の空襲があつた場合、直ちにその附近の在郷軍人や国民兵役に在る者を召集して国土防衛に当るのが防衛召集ですね

さうです。逆にいへば、さうした国土防衛の兵力を、ふだんはできるだけ職場において、銃後の生産戦の戦士として働いていたゞかうといふのです。ですから、これまでの陸軍の召集では、すべて本籍地主義で、本籍地の連隊区司令部または町村役場、区役所の兵事部などに兵籍に関する書類が保管してあり、この書類に基づいて召集を行つてゐたのですが、防衛召集は現住地の在郷軍人(国民兵を含む)の召集を目的としてゐますから、すべて現住地主義で、召集事務を行ふ機関も新たに設けられることになりました。


■その召集事務機関を行ふ機関について説明してください

先づ、防衛召集担任官といふのが設けられました。これには、その附近に配置されてゐる陸軍部隊の部隊長が充てられます。それから、これまで町村役場や区役所などで行つて来たやうな召集事務を行う機関として、防衛召集取扱者が定められました。


■防衛召集取扱者には、どんな人がなるのですか

防衛部隊が配置されてゐる附近の官公吏、公共団体の長、工場・事業場の長などがこれに充てられることになつてゐます。


■防衛召集取扱者はどんな仕事をするわけですか

自分の管轄する範囲(その範囲は防衛召集担任官が定めますが、なるべく狭くしておいた方が便利です)内の在郷軍人(国民兵役の者を含む以下同じ)、つまり官庁なら職員や雇傭員中の在郷軍人、工場ならその従業員や役職員中の在郷軍人、工場ならその従業員や役職員中の在郷軍人、町村ならその町村内に居住する在郷軍人等の兵籍関係、職場における地位などを調査して、左図(引用者注―省略)のやうな在郷軍人名簿を作成します。
この名簿の作成が防衛召集取扱者の一番大きな仕事であつて、この名簿によつて召集待命者が選定されるわけです。選定は防衛召集担任官が行ひますが、この選定に当つては、国家総力戦の要請に応じて、軍の要求と産業上の要求とをできるだけ調和するやうに努力することは勿論であります。


■なか\/重大なことまで民間で取扱ふやうになりますね

名簿の作成といふことは、個人の秘密から、延いては兵力の内容に関する国家的な秘密事項にも亘ることになるので、これまでは軍だけで取扱つて来ましたが、今度これを民間でも扱つていたゞくことになりました。
これも防衛召集規則の特徴の一つですが、これによつてみても、いかに軍が国民を信頼してゐるかがわかることゝ思ひます。これによつてます\/軍民一致の実をあげ、十分にその成果をあげるやうに努力していたゞきたいのであります。


■令状の交付も取扱者の仕事ですか

官公吏が取扱者の場合には、待命令状と召集令状も取扱者から交付します。官公吏以外の場合には担任者から交付します。