なぜ近現代史を学ぶのか
- 作者: 大日方純夫
- 出版社/メーカー: 校倉書房
- 発売日: 2007/08
- メディア: 単行本
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第三部第三章(初出は1998年)より
私は学生たちからしばしば、「歴史を勉強して、一体、何の役に立つのか」という質問をうける。これに対して、私は、まず、「歴史学はなぜあるのか」という、かなり当り前のことから話す。あらゆるものは動いている。歴史を持っている。存在しているものにはすべて変化があり、不変なものはない。すべてのものごとは、歴史性をそのなかに秘めている。したがって、その本質をつかむためには、歴史学的な方法が不可欠である。あらゆるところに歴史学はあるのだ。歴史学というものは総体的な学問であって、その意味であらゆる人間にとって不可欠な学問であり、手法なのだ。私はこのようなことを強調している。すべての物質・現象は歴史のなかで存在している。したがって、私たちは歴史の外では生きられない。
(294頁)
長い人類の歴史のなかで、現在に直接につらなっている時代は近現代である。したがって、?今?を直接に左右している近現代の歴史を深くとらえることは、歴史を主体的にとらえるうえで、欠くことができないはずである。
(295頁)
何よりも国家と個人の関係が成立し、世界が一体化したこと、現在につながる国際関係、国際的な従属と抑圧の体制が成立したのは近代である。そして、それらがのっぴきならない関係で現在を規定するようになった時代こそ、現代である。したがって、これらの時代をきちんと認識することなくして、現在を、今を、深く理解することはできない。
(296頁)
現在に直接つらなっているという意味で、近現代は、古代や中世とは事情を異にする。
現在を色濃く規定する様々な価値観、制度、経緯を、人類的な観点からとらえる。