日本近現代史と戦争を研究する

歴史学の観点から日本近現代史と戦争について記します。

2005年自民党新憲法草案策定過程と「国防の義務」


2005年自民党新憲法草案策定過程における「国防の義務」の議論に関して、新聞記事で追ってみた*1


2003.12.17
16日、自民党憲法調査会は、総選挙後初の総会を開いた。05年に憲法草案策定を公約に掲げていたことを受けて、プロジェクトチームが要綱をまとめ、翌年夏の参院選*2後に本格的な議論に入ることを決定した。


2004.4.15
プロジェクトチームによる議論の整理(案)には、国民の義務に関しては、次のようにあった。
http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/040415kenpoutyousakaiPT.pdf

(4)義務
1.国防の義務、奉仕活動の義務、裁判員となる義務は必要。(森岡正宏衆議院議員)
2.緊急時に国を守っていく、あるいは緊急時における協力をしていくといった義務は国の基本。(野田毅衆議院議員)
3.養育の義務、扶養の義務、保護の義務が必要になってきている。(野田毅衆議院議員)
4.憲法尊重義務を規定すべき。(大前繁雄衆議院議員)
5.「国民はよい家庭を作り、よい国をつくる義務がある」と書くべき。(能代昭彦衆議院議員)
6.子は親を扶養する義務があり、親は子を養育する義務があり、夫婦は相和す義務がある。(桜田義孝衆議院議員)
7.国を守る義務について議論を収束させて書かなければいけない。(渡海紀三朗衆議院議員)
8.家族・コミュニティに奉仕をする延長線上に国に対する奉仕も位置づけ方がなじみやすい。(加藤勝信衆議院議員)
9.非常事態において国民がどういう義務を負って権利が制限されるということを明確に明文で明らかにすべき。(葉梨康弘衆議院議員)
10.公共のため、国のための奉仕、国を守る義務・責任を負うということを明記すべき。(佐藤錬衆議院議員)


詳細は不明だが、「国防の義務」「国を守る義務」が挙げられているのが注目される。


2004.6.10
憲法改正プロジェクトチーム「論点整理(案)」では、「公共の責務(義務)」の項に、「国の防衛及び非常事態における国民の協力義務を設けるべきである。」とまとめられた。
http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20040610jiminkaikenPTronten2.htm


「協力義務」ということは、兵役の義務は意図していないようだ。


2004.7.30
自民党憲法調査会は、翌年11月公表予定の憲法改正草案を作成する組織として、起草委員会を設置し、年末までに改正条文の素案をまとめることとした。起草委は、参院前調査会とプロジェクトチームがまとめた「論点整理」をもとに条文化を進めた。


2004.11.18
自民党憲法調査会は、来月中旬に憲法草案の骨格となる大綱を作成する予定。同大綱の素案の要旨が掲載されている。そこでは、

国民は国家独立と安全を守る責務を有する。徴兵制は容認しない。

とされている。
抽象的な表現となり、「国防の義務」という語にくらべると、穏和な印象を受ける。そして唐突に、徴兵制の明確な否定が現れている。


2004.12.3
上記大綱素案は衆院の優越性の強化を盛り込んでいたため、参院側が反発し、自民党は大綱策定時期を年明けに先送りすることを余儀なくされた。


2004.12.6
陸自幹部が中谷元・憲法改正案起草委員長の依頼により、憲法改正案を提出していたことが発覚した。7月末に提出されたが、中谷氏は11月の大綱素案には「全く反映されていない」とした。


同陸自幹部案には、次のようにあった。
http://www.kenpoukaigi.gr.jp/seitoutou/20041207rikujikanbu-kenpouan.htm

第○章 国民の国防の義務
 第○条 すべて国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う。(国民は、法律で定めるところにより、我が国の防衛その他緊急事態に際し必要な行動を執る義務を負う。)


カッコ内は、「国防の義務」が意味するところの解説だろうか。もしそうであるなら、有事における国民の協力義務を意図しているようだ。同時に同幹部は盛り込む事項として徴兵制の否定を進言したと報道されている*3。上記大綱素案に「徴兵制は容認しない」との文言が現われているのは、その影響ではないだろうか。


2004.12.8
7日、自民党は大綱素案を白紙に戻し、憲法改正案起草委員会ではなく、別組織で議論をやり直すこととした。


2005.1.24
自民党新憲法起草委員会の初会合が開かれた。委員会は、テーマごとに10の小委員会に分かれ、3月末までに報告案を上げ、4月末を目途に委員会の試案をとりまとめる予定とした。
http://www.jimin.jp/jimin/daily/05_01/24/170124b.shtml


2005.3.15
14日、自民党新憲法起草委員会は、小委員会の中間報告をもとに意見交換を行った。


2005.3.18
17日、国民の権利・義務小委員会は、国民の責務として、1.国防、2.社会的費用の負担、3.家庭の保護などを明記すると決定した。「責務」は現憲法が規定する「義務」よりも強制力が弱く、努力規定として新設するとしている。


「責務」は、有事における国民の協力と対応するのではないかと思われる。


2005.5.13
自民党新憲法起草委員会は18日、有識者や財界人、首相経験者などをまじえた諮問会議を開き、小委員会がまとめた要綱の調整を行う予定。


2005.7.8
7日、自民党新憲法起草委員会は要綱案をまとめた。全体的に「保守色を薄めた」と評価される。国防、家庭保護などの「国民の責務」は、「さらに議論すべき項目」とされ、先送りとなった。


2005.8.2
1日、自民党新憲法起草委員会は新憲法草案の条文案を公表した。第12条には「国民の責務」が入った。

第12条(国民の責務) この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。


抽象的な表現に止まり、「国防の責務」の語は盛り込まれていない。


2005.10.13
12日、自民党新憲法起草委員会は第二次条文案をまとめた。「国民の責務」に関しては、他党に配慮し、具体的な条文化が見送られたが、党内には「自民党らしくない」との不満が出ている。また複数の議員から「国を守る義務と責任がどこにも書かれていない。(それを)条文の中で明らかにすべきだ」という反論が出ている。


2005.10.29
28日、自民党は新憲法草案を決定した。


第12条(国民の責務)は、上記と変化はない。



以上の議論を簡単に整理するなら、

「国防の義務」「国を守る義務」 → 「国防の責務」 → 見送り

という流れになる。


自民党内には、努力規定としての「国防の責務」すら盛り込めないことへの不満が残ったのである。今回、自民党憲法改正推進本部が発表した論点整理に関して、「『自民党らしさ』を踏まえた改正案の取りまとめを目指す」と報じられているのが興味深い*4。不満を溜めていた勢力は政権交代の波を生き延びられたのか。その影響力は強くなっているのか。党としては他党に配慮するのを止め、不満を溜めていた勢力の主張に沿う方向で「自民党らしさ」を追求していくのか。


もし今回、推進本部が「国民の責務」より強い意味で「国民の義務」を論点として挙げているのなら、注目すべきこととなる。しかも「兵役義務」への言及である。これまで有事における国民の協力というレベルで「義務」「責務」が議論されてきたことからすると、いかに一歩踏み込んだ論点であるかがわかるであろう。

*1:特に断らない限り、以下は朝日新聞の同日付記事から事実関係を確認したことを示す。他紙とくらべると朝日が最も詳細に策定過程を報じている。

*2:04.7.11に行われた。

*3:現在、確認中。のち追記予定。【追記 10.3.17】「陸自幹部が改憲案」『中日新聞』2004.12.5。この事実は重要なポイントであると思うが、大手各紙は報じていない。

*4:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100305-00000068-san-pol